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福岡高等裁判所 昭和34年(ネ)86号 判決 1961年10月24日

控訴人 高田トシ子

被控訴人 田村昌 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「一、原判決を取り消す。二、原判決添付目録記載の不動産につき、(一)被控訴人田村昌は、福岡法務局折尾出張所昭和二九年二月四日受付第二九四号をもつてなされた同年一月三〇日代位弁済による債権額金二四一、二〇〇円並びにこれを担保する根抵当権を有しないことを確認する。(二)被控訴人田村昌は同出張所昭和二九年二月四日受付第二九四号昭和二九年一月三〇日代位弁済に基く債権譲渡により右(一)の根抵当権が同被控訴人に移転したる旨の根抵当権移転の付記登記の抹消登記手続をなせ。(三)被控訴銀行は(1) 同出張所昭和二七年一〇月三〇日受付第三、三九四号同日根抵当権設定契約により同銀行のため債権元本極度額金三〇万円、債務者訴外田村藤吉郎、遅延損害金日歩七銭とする根抵当権設定登記(2) 同出張所昭和二九年二月四日受付第二九三号同年一月三〇日契約変更により右(1) の根抵当権の債権元本極度額を金二四一、二〇〇円に変更したる変更登記の名抹消登記手続をなせ。三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人田村昌は、主文同旨、被控訴銀行は、主文第一項同旨の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、控訴人において「一、訴外田村藤吉郎は被控訴銀行に対し、(一)元金の弁済として(1) 昭和二八年六月八日金三九、九五〇円、(2) 同年七月二〇日金四五、九九五円、(3) 同年一〇月七日金九一、五四〇円、(4) 昭和二九年一月三〇日金一二二、五一五円を支払い、(二)利息及び損害金として(1) 昭和二七年一〇月三〇日金九、五八八円、(2) 同二八年三月三一日金七、八九〇円、(内訳三、九九〇円と三、九〇〇円)、(3) 同年六月八日金一〇、〇五〇円(内訳七、〇三五円と三、〇一五円)、(4) 同年七月二〇日金四、〇〇五円、(5) 同年一〇月七日金八、四六〇円(内訳五、九二〇円と二、五四〇円)、(6) 、昭和二九年一月三〇日金七、〇〇五円を支払い(内訳四、九三一円と二、〇七四円)、被控訴銀行に対する元利金債務を完済した。右弁済のうち田村昌において弁済したものがあるとしても、それは右(一)の(4) 及び(二)の(6) 中の金四、九三一円に過ぎない。二、かりに被控訴人田村昌が被控訴人ら主張のとおり弁済したとしても、被控訴銀行から田村昌に法定代位による本件根抵当権移転の付記登記がなされたのは、昭和二九年二月四日であつて、これに関し、予じめ根抵当権の登記にその代位を付記したことがない。しかるに本件根抵当権の目的たる不動産が田村昌から第三取得者田村藤吉郎に譲渡され、その所有権移転登記のなされたのは、右付記登記前の昭和二八年一〇月六日であるから、田村昌は付記登記により移転を受けた根抵当権をもつて第三取得者たる田村藤吉郎に対抗できず、従つてまた同人を設定者とする抵当権者である控訴人に対抗することができない。」と述べ、乙第一〇号証の一、二は不知と述べ、

被控訴人らにおいて、「一、弁済者の点を除いて控訴人主張の前記一の弁済の事実は認める。被控訴銀行が金三〇万円を貸し付けた後で弁済を受けた金員中、田村藤吉郎から弁済を受けたのは、昭和二八年一〇月七日元金の内入として金九一、五四〇円(控訴人主張の一の(3) に当る)と利息損害金として金八、四六〇円(控訴人主張の二の(5) に当る)計一〇万円だけで、それ以外の金員(控訴人主張の一の(1) (2) (4) 及び二の(2) (3) (4) (6) の金員)はすべて、被控訴人田村昌において代位弁済したものである。その外、同控訴人は昭和二八年一〇月頃競売手続費用内金として金三一〇円、昭和二九年一月三〇日競売実行等の費用として金三、四八〇円を被控訴銀行に支払い、合計金二四一、二〇〇円を支払つた。二、控訴人の事実らん二の主張は民法第五〇一条第一号の主張と思われるが、右主張はつぎの理由により失当である。(1) すなわち、同条同号は、抵当権その他担保権付の不動産を第三者が、被担保債権が弁済によつて消滅し従つて担保権も消滅していると信じて取得した場合、この第三取得者を保護することを目的とする。それ故、同号に言う「予メ」とは、第三取得者が所有権取得登記をなす前を言うのではなく、弁済後第三取得者の登記前を指すと解しなければならない。抵当権がなお有効に存続する間に、抵当不動産を取得する第三者は、その負担を覚悟すべきであるから、その取得の際代位の付記登記がなくても、将来保証人に代位されることによつて不測の損害を被ることはないのに対し、抵当権の存するがため、安全であると考えている保証人に、弁済前に代位登記をなすべしと要求するのは無理であり、弁済前抵当不動産が譲渡された場合に、代位登記がなかつたことを理由に、代位権を失わしめるのは、保証人に対し酷である。(なお参照に値するは大判昭和六年六月六日一〇巻八八九頁)。本件において、田村昌が最終に代位弁済をなしたのは、昭和二九年一月三〇日であり、その直後の同年二月四日根抵当権移転の付記登記がなされているのであり、これは田村昌から田村藤吉郎に所有権移転登記をなした昭和二八年一〇月六日よりも後であるが、最終の代位弁済日から根抵当権移転の付記登記がなされたまでの間には、第三取得者はないのであつて、右付記登記は有効である。三、民法第五〇一条第一号の第三取得者とは当該担保権の当事者以外の第三者をいい、担保債権の主債務者で担保権設定者でない者が物上保証人から担保不動産を取得した場合においては、その取得者は、同号の第三取得者に当らない。同人は担保債権の額、求償権の行使による代位額を熟知しているのであるから、同号によつて保護する必要はない。本件においていわゆる第三取得者たる田村藤吉郎は、主債務者であるから、前説示の理由で、同号の第三取得者ではない。ことに同号は第三取得者に対する関係を規定したもので、被控訴銀行の後順位抵当権者である控訴人において、同号をその利益に援引しうべきものではない。」と述べ、被控訴銀行において乙第一〇号証の一、二を提出し、当審証人大隈幸太郎の証言を援用し乙第三号証はこれを撤回すると述べ

た外は、原判決記載のとおりであるから、ここに引用する。

理由

一、被控訴銀行が昭和二七年一〇月三〇日訴外田村藤吉郎に対し、金三〇万円を貸し付け、その父である被控訴人田村昌が即日物上保証人となり被控訴銀行との間に、右債務を担保するため、その所有の原判決末尾目録記載の不動産に対し債権元本極度額金三〇万円の根抵当権設定契約を締結し、即日福岡法務局折尾出張所受付第三、三九四号をもつて根抵当権設定登記を経、昭和二九年二月四日同出張所受付第二九三号をもつて同年一月三〇日付契約変更により、右根抵当権の債権元本極度額を金二四一、二〇〇円に変更する付記登記がなされ、一方本件不動産は昭和二八年一〇月六日田村昌から前示主債務者である田村藤吉郎に贈与により移転し、即日同人のため所有権移転登記がなされたこと、田村昌が昭和二九年一月三〇日被控訴銀行に対し、主債務者田村藤吉郎の同銀行に対する債務金二四一、二〇〇円を代位弁済したものとして、同銀行から田村昌に対する同日付債権譲渡及び根抵当権譲渡契約により、昭和二九年二月四日同出張所受付第二九四号をもつて、田村昌のため根抵当権移転の付記登記のなされたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一、二号証及び当事者弁論の全趣旨によれば、控訴人は昭和二八年一〇月六日田村藤吉郎に対し金三五万円を、同月六日から同年一一月二四日までの五〇日間毎日金七、〇〇〇円宛弁済すること、利息は無利息、右日掛金の支払を一回でも怠つたときは、期限の利益を失い即時債務を弁済し、なお弁済遅滞の時は期間内は一日金三五円、期間後は日歩五〇銭の割合による遅延損害金を支払う特約の下に貸し付け、これを担保するため田村藤吉郎との間に本件不動産につき昭和二八年一〇月一二日抵当権設定契約をなし、同月一四日同出張所受付第三、七七三号をもつて抵当権設定登記を経、現にその抵当権者であることが認められる。

二、控訴人は、被控訴銀行と田村昌間の前記債権譲渡並びに根抵当権譲渡契約は、田村昌が被控訴銀行に対して田村藤吉郎の主債務を代位弁済したかのように仮装してなされた通謀虚偽表示であつて、事実はすべて田村藤吉郎が弁済したものであるから無効である。かりに然らずとするも、田村昌は、昭和二九年一月三〇日金一二九、五二〇円を支払つたに過ぎないので、二四一、二〇〇円を弁済したとする前記債権譲渡並びに根抵当権譲渡は無効であり、根抵当権移転の付記登記は抹消さるべきである。また、田村昌はその子である田村藤吉郎のため、贈与の意思をもつて支払つてやつたのであるから同人に対し求償権を有せず、ひいて代位権も生じない旨主張するので考えるに、控訴人の右主張を認めるに足るなんらの証拠がないので、右各主張は理由がない。そればかりでなく、前記一の認定事実と各成立に争のない甲第二号証、乙第一号証、乙第九号証の二、原審証人大隈幸太郎の証言により各成立を認める乙第二号証、乙第四号証の一ないし三(ただし郵便官署の作成部分については成立に争がない)、乙第六号証の一ないし三、乙第七、八号証(ただし登記所の作成部分については成立に争がない)、乙第九号証の一、同証言、当審証人大隈幸太郎の証言により成立を認めうる乙第一〇号証の一、二、同証言、原審証人渡辺恒雄の証言、原審被控訴本人田村昌尋問の結果、当事者弁論の全趣旨を合わせ考察すれば、田村昌は田村藤吉郎が被控訴銀行から借用した前認定の金三〇万円の債務について連帯保証債務を負担し、かつ主債務を担保するため、本件不動産につき被控訴銀行のため債権元本極度額金三〇万円の根抵当権を設定してその登記を経たところ、主債務者である田村藤吉郎は右債務の元利金の一部(計一〇万円)を支払つただけであるが、田村昌は自己が連帯保証人でありまた物上保証人である関係上、昭和二八年六月八日以降昭和二九年一月三〇日までの間に残元利金、損害金、強制執行費用等計金二四一、二〇〇円を代位弁済したのであつて、この代位弁済により法律上抵当権及び抵当債権は田村昌に移転したのであるが、田村昌は被控訴銀行との間の同日付契約により被控訴銀行から同額の債権譲渡を受けるとともに、当時すでに根抵当の基本契約の解約により実質上は抵当権に転化していた本件根抵当権の譲渡を受け(当時本件根抵当不動産が田村昌から田村藤吉郎に贈与されその登記を経ていたことは、前認定のとおりである。)、これにより前示のとおり債権譲渡による根抵当権移転の付記登記を経由したもので、右譲渡契約は控訴人のいうように仮装のものではなく、田村昌の代位弁済は田村藤吉郎への贈与意思をもつてなされたものではなく、また代位弁済額は金二四一、二〇〇円であつて、金一二九、五二〇円に過ぎないものでないことが明白である。もつとも、被控訴銀行から田村昌への前示債権及び根抵当権の移転は、前説示のとおり弁済につき正当の利益を有する田村昌のなした代位弁済に基く法律上当然の移転であるから、これが登記の方法としては、昭和二九年一月三〇日代位弁済により根抵当権は債権と共に田村昌に法定移転すとするのが正確な望ましい方法であるが、当時施行の旧不動産登記法第一二五条(昭和三五年法律第一四号による改正前のもの)と民法第五〇一条第一号を対照すれば、右第一号の規定に基いて抵当権の登記になす代位の付記登記は、保証人が抵当債権者からその債権及びこれを担保する抵当権の移転を受けたことを付記登記すれば足りると解すべきであるから、田村昌の代位弁済に基き被控訴銀行と田村昌間の債権及び根抵当権の譲渡契約を原因として田村昌の経た前示代位の付記登記をもつて民法第五〇一条第一号の付記登記たるの効力を有しないものと解することはできない。

よつて控訴人の前示各主張は理由がない。

三、控訴人は、被控訴銀行から田村昌に対する本件根抵当権の譲渡は、根抵当権者である被控訴銀行、譲受人である田村昌、債務者である訴外田村藤吉郎三名間の契約に基いてなされたものでないから無効であると主張するけれども、右二に認定したとおり、代位弁済前本件根抵当権は基本契約の解約により抵当権に転化し、抵当債権額も確定していたのであるから、代位弁済により債権及び抵当権は法律上田村昌に移転するので、控訴人主張のように三者間の契約を必要とするものではない。よつて、控訴人のこの点に関する主張も理由がない。

四、控訴人は本件根抵当権の譲受人たる田村昌はこの根抵当権の設定者で、譲受により根抵当権者たる地位を取得したから、根抵当権は混同により消滅したと主張するが、先に見たとおり、本件不動産は田村昌から田村藤吉郎に譲渡されて所有権移転登記を経、田村昌が抵当権を取得した当時においては、同不動産の所有権は田村藤吉郎に帰していたのであるから、これに混同の法理の適用される余地はないので、右主張も理由がない。

五、控訴人の事実摘示二の主張について。

主債務者甲の債務を担保するため、物上保証人乙が自己所有の不動産を抵当権者丙に提供して抵当権設定登記を経由した後、甲が乙から抵当不動産を譲り受け、その所有権取得登記を経ても、甲は民法第五〇一条第一号の第三取得者には当らないのは当然である。従つて甲が右のように抵当不動産の所有権取得登記を経た後に、甲との間に右不動産につき抵当権設定契約をなし、抵当権設定登記を了した抵当権者丁(丙の後順位抵当権者)は、甲に対する抵当債権者であるというだけでは、民法第五〇一条第一号を援引して、代位弁済により丙に代位した戊が甲所有不動産上の丙の有した抵当権を取得するについて、予じめ戊が抵当権の登記にその代位を付記しなかつたが故に、甲に対して丙に代位しないことを主張することができないことは言うまでもない。

これを本件について見るに、主債務者田村藤吉郎(甲)の抵当権者被控訴銀行(丙)に対する債務を担保するため、物上保証人たる被控訴人田村昌(乙)は自己所有の本件不動産を被控訴銀行に抵当に供して抵当権設定登記を経由したところ、その後、田村藤吉郎が田村昌から右抵当不動産を譲り受けて所有権取得登記を経由したことは、前認定のとおりであるから、田村藤吉郎は前示法条の第三取得者に該当しないので、田村藤吉郎が抵当不動産の所有権取得登記を了した後に、代位弁済により被控訴銀行から債権付抵当権の法定移転を受けた田村昌は、田村藤吉郎所有の本件不動産上に、被控訴銀行が有していた右債権付抵当権を有するのは当然である。そして、先に認定したように、田村藤吉郎を抵当債務者とし、本件不動産上に後順位抵当債権を有するにとどまる控訴人は、田村昌の代位による抵当付債権の移転が田村藤吉郎の抵当不動産の所有権取得登記に遅れていることを理由として、田村昌が有効に抵当権及び債権を取得しないことを主張し得ないといわなければならない。従つて、控訴人の右主張も理由がない。

以上見たとおり控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当で控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 秦亘 高石博良)

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